うさぎの憂鬱

2004/05/01 10:32 


 ぼくの巣穴の近くには、よくセミの釣れる場所がある。初夏になると木の根本に小さな穴がいくつもあきはじめるのだ。細長い草の茎を注意深くさしこんでやれば、向こうからしがみついてきてくれるので、簡単に捕まえることができる。
「えへへ……大漁大漁」
 幼虫というか羽化直前のサナギたちを背負い袋につめて巣穴へと運んだ。木々の立ち並ぶ森の外れをぬけて、野原の広がる丘のふもとにやってくる。ぼくは群れからすこし離れたところに自分だけの巣穴を掘っているんだ。
 鍋と油を用意しているところで、友だちのルネが遊びにやってきた。彼女は茶色い毛皮の小柄な雌ウサギで、チャームポイントは右耳だけ白いところだ。
「ドニ、またやってるの? 懲りないわね」
「だってナッツみたいな味がするんだよ」
 セミのサナギを煮えたぎる油に投入し、キツネ色になるまで揚げる。『さわやかな初夏の風にのせて。ブルゴーニュ風セミの唐揚げ、樹液ソース添え』のできあがり。
「それじゃいただきま〜す。ルネもどう?」
「遠慮しとくわ」
 ルネは呆れた顔で、そこらの下草を食べはじめた。ぼくだってこの季節の草がとってもおいしいことぐらい知っている。でもセミだっていまだけの味覚なんだ。人間には秘密だけど、うさぎだって文明をもっているんだから、食物はちゃんと調理するべきだと思う。
 セミの唐揚げをくちに入れた。やはりナッツに似た上品な香りがする。
「あのね、ザザたちが人間の街に探検にいこうって」
「それはいいね。新しいレシピが欲しいと思ってたんだ」
 火の始末をしてから、ぼくたちは街へと向かった。
 軽快に跳ねながら野原を駆ける数匹のうさぎたち。やがて人間たちが作った灰色の道がみえてきた。干し草を積んだ馬車がゆっくりと進んでいる。馬のお爺さんがちらりとこちらに目をよこしたけど、なにもいわずに通りすぎていく。
「うぅ……ちょっとまって、みんな」
 ぼくは草の陰で、腹痛に耐えながら足を止めた。
「だからいったじゃない。うさぎがセミを消化できるわけないでしょ」
「うるさい! トイレー!」
 みんなから少し離れたところでうずくまる。いつものコロコロしたのじゃなくて、水のように緩いフンがでる。おかしい、こんなはずじゃないのに。
「……おまたせしました」
「大丈夫? さいきん毛並みが悪いわよ」
 これも料理のために必要なことなのだから、仕方がない。
 とにかくぼくたちは冒険を再開し、人間の街へと入っていった。目的地はレストランの裏。そこにはブリキの大きな円筒形のバケツがあって、いつもおいしそうなエサがたくさん置いてあるんだ。きっと人間たちの食料庫なんだと思う。野良猫がよくいるから、気をつけなくちゃいけない。
 からだの大きなザザが体当たりして、バケツを横倒しにした。派手な音がしてバケツのフタが石畳を転がる。
「わあ、すごいや!」
 ニンジンやキャベツはもちろん、エシャロットやアーティチョークなんかもある。みんなは一心不乱にエサを食べはじめた。ぼくも参加したいところだったけど、ここはぐっと我慢して、壁際の木箱のうえに飛びのった。窓からレストランのなかを覗きこむ。そこは厨房で、白い服を着た人間たちがたくさん働いているんだ。
「……」
 ぼくはここで新しい料理を覚えることにしている。今日も初めてみるメニューを作っているようだ。かぶりつきで観察する。
「ドニ、一緒に食べましょうよ。なくなっちゃうわよ」
「いまいいところなんだ」
「もう」
 ……ぼくが夢中になっているうちに、なかまたちは食事の時間を終えてしまった。
「いくよ、ドニ」
「うん」
 巣穴に戻る途中の道でもルネがいろいろ話しかけてくれるんだけど、ぼくは覚えたての手順を忘れないようにするので精一杯だった。帰ったらさっそく新しい料理を再現してみなければ。結局なにもくちにしなかったので、おなかもすいていることだし。
 みんなの巣穴との分かれ道にきた。
「じゃあな、ドニ」
 ザザたちは上機嫌で去っていった。ぼくはルネを呼びとめる。
「ねぇ、うちにこない?」
「いいの?」
 ぼくたちは並んでみどりの草を踏みしめながら巣穴へと走った。
「あたしはドニならいつもでOKなんだからね」
 巣穴に着いたら、可愛らしい茶色の雌ウサギをなかに導き入れて、深鍋を用意する。
「ルネ……」
 ぼくは彼女に顔を近づけ、意を決して、その首筋に前歯を突きたてた。笛のような風を切る音とともに、大量の血が吹きだす。ぼくは慌ててそれを鍋でうける。
「ド、ドニ」
「今日のメニューは野ウサギのシヴェ。タマネギと赤ワイン入りのシチューなんだ」
 ルネは白目をむきながら全身を痙攣させている。血抜きが済んだら胸から腹、手足にかけてナイフで切れ目をいれ、丁寧に毛皮をはぎ、あたまを落とし、内臓をとりだし、とれた肉を大きく六つに切り分けた。まずは炭火で焼き色をつける。鍋にバターと小麦粉を入れてよく混ぜ、焼けた肉と赤ワインを一瓶、塩、胡椒、タイムとローリエとバジルのブーケガルニ、それにクローブを突きさしたタマネギで味つけする。そのまま煮込むこと二時間。ブーケガルニとタマネギを引きあげ、味見して塩加減をととのえ、ソースのつなぎに血抜きした血をよく混ぜあわせる。
「よし完成だ。ルネ、キミもどう?」
 呼びかけても返事がなかったので、ぼくはようやく彼女は目のまえで湯気をたてているのだと思いだした。でもきっと彼女のことだから誘っても食べてはくれなかっただろう。ルネの毛皮でカーペットを作って、まいばん眠るときに使うことにしよう。これで彼女とはずっと一緒にいられる。
 できあがったルネのシチューを深皿にとって、くちをつけてみた。
「うん、おいしい!」
 ぼくは満足してうなずいた。これだから料理はやめられない。





人間のお友達

2004/05/10 10:01 


 ルネが姿を消してしまうと、みんなの巣穴との接点が少なくなって、ぼくはほとんどひとりでいるようになった。つきあいの時間も料理にまわすことができるから、正直いって嬉しかった。みんなは相変わらず草や木の実をそのままかじるばっかりで、料理をするということに対してまったく理解を示してくれない。たしかに材料によっては、数時間後に腹痛でのたうちまわらなければならないんだけど、そんな些細な問題なんか吹っ飛んでしまうくらい、火を通して味つけした料理には魅力があるというのに。
 ぼくは鍋をもてるだけもって、丘の合間をぬうように流れる小川へと向かった。調理用具はすべて鍛冶屋のおじさん(もちろんうさぎの)に特注して作ってもらったものだ。ほかのうさぎは使わない道具だからね、仕方ないんだけど。
 おが屑を磨き粉がわりにして、ぼくの大切な財産である鍋たちを、ていねいに洗う。
「あっ!」
 手がすべって、お気に入りのソースパンが小川を流れていってしまった。
「まってー!」
 ぼくは小川にそって全力疾走した。小川はゆるやかにカーブして、視界の通らない丘のかげにまでつづいている。だからそんなところに人間がいるだなんて、ぜんぜん気がつかなかったんだ。
「わあ、うさちゃん!」
 小川のそばに座り込んでいた人間はまだ子供のメスみたいだった。金色の巻き毛が太陽の光をうけてキラキラと輝いている。近くに大人がいるのだろうと思ってぼくは耳をぴくぴくさせながら周囲の物音を警戒するが、どうやらほかにはだれもないようだ。
 ソースパンは少女の手のなかにあった。
「それぼくの! 返してよー!」
 思わず叫んでから、しまったと思うが、もう遅い。
「うさちゃん、しゃべれるの? すごーい! どうしてどうして?」
 当然のようにのびてくる彼女の手をかわしながら、ぼくは答えた。
「ソースパン返してくれたら、教えてあげてもいい」
 エプロンドレスの少女は、小川から拾った水のしたたるソースパンを草のうえに置いた。そのまわりには顔と手足が陶器でできている高価そうな人形と、その人形にちょうどいいサイズの木製の食器が並んでいる。人形がご飯を食べるとは知らなかった。うさぎにはあまり区別がつかないが、少女と人形は髪と瞳の色だけでなく顔立ちまでよく似ているようにみえる。ガラスでできた人形の青い瞳はいささか気味が悪い。
 少女は無言でソースパンを手渡してくれた。約束だから、ぼくは彼女の質問に答える。
「うさぎも人間みたいに暮らしてるんだよ。でもそれは秘密なんだ」
「わかった、秘密なんだね」
 少女は内緒話するみたいに顔を近づけてくる。
「あたしコリンヌっていうの。うさちゃんは?」
「……ドニ」
「ドニ、一緒に遊んでよ。ひとりで退屈なの。友だちはみんな向こうで海賊ごっこしてるんだけど、あたしも海賊やりたいのに、さらわれるお姫さまの役しかやらせてもらえないの。喘息だから走っちゃダメっていわれてるし……」
 やはり人間の子供の群れが近くにいるらしい。彼らはイタチやキツネなどよりずっと危険な生き物だ。うさぎをみつけるとめちゃくちゃに触っておもちゃにしてしまう。
「うさぎとお茶会できるなんて、不思議の国のアリスみたい」
 そういってコリンヌは、明らかに彼女には小さすぎる食器をぼくのまえにも並べはじめた。人形サイズということは、うさぎにもちょうどいいということで、ぼくはだんだんこの食器セットが欲しくなってくる。木製のトレーにお皿が数枚とグラタン皿、ティーカップ、ティーポット、スプーン、ナイフ、フォーク。調味料入れのセットまであった。
「ねぇ、ドニはこの辺に住んでるの? お友だちになってよ」
「……とりあえず、あっちに置きっぱなしのお鍋とかをもってくるね」
 調理用具一式を背負い袋にいれて運んでくると、コリンヌはお行儀よくまってくれていた。相変わらず周囲にはだれもいないようだ。
「お茶の用意ができてますよぅ」
 少女は小川の水をティーカップに注ぐ。皿には木イチゴの実がのせられていた。
「うさちゃんはイチゴ、好きでしょ?」
「まあね。でもぼくはもっと欲しいものがあるんだ」
「えっ、なあに?」
 それはもちろん珍しい食材である。ぼくはすかさずコリンヌに襲いかかった。さすがに体格がちがいすぎるので、喉笛に喰らいつくのは無理だったようだ。ぼくは方針を変更し、彼女が逃げられないように足の腱を狙う。白い靴下が鮮血に染まり、コリンヌは絶叫した。荷物のなかからキッチンナイフをとりだして、本格的に少女の解体をはじめる。幸い、すぐそばには小川が流れていることだし。コリンヌは咳きこみ、ぜーぜーと喉を鳴らしながら苦しそうにうめいている。はやくトドメを刺してやるのが料理人の務めだろう。ぼくは彼女の柔らかい首筋を真一文字にきりさいた。返り血でぬめるナイフを小川の水で洗う。
 こうしてぼくは新鮮な人間の肉と、食器セットを手に入れた。
 コリンヌは大きすぎてぜんぶを巣穴に運ぶことはできなかったから、必要な部分だけきりとって残りはそのままにしておいたんだ。そうしたら、しばらくして人間たちがたくさん集まってきて大騒ぎをはじめ、丘に近づくことができなくなってしまった。
 ともあれ、ぼくは料理する。『小川のせせらぎをききながら。若い人間の内臓のパイ包み焼き、木イチゴのソースを添えて』が、つつがなく完成する。
「いただきま〜す」
 彼女と友だちになったら、どうなっていたんだろう。もしかしたら彼女なら、ぼくの作った料理を食べてくれたかもしれない。それに気づいて、ぼくは初めて後悔した。
 子供の肉はみかけ通り柔らかくて、まずまずの味だった。ちょっと脂肪が多かったけどね。思い返してみると、ルネは鶏のササミみたいで本当においしかった。





食物連鎖の混乱

2004/05/17 13:03 


 ぼくはまた木の根本で食材を探していた。今日の獲物はカブトムシの幼虫だ。ぼくはすでにセミの幼虫がナッツの味がしておいしいということを知ってしまった。ならば同じ昆虫であるカブトムシもナッツであると考えるのが当然の流れだろう。
 柔らかい腐葉土をかきわけて、ようやく白いプリプリした幼虫をみつけだす。大きさはぼくの耳くらい。色といい形といい、みるからにおいしそうだ。ぼくはさっそく巣穴にもって帰り、たらいの水で泥を洗い流す。なかにも泥がつまっているようなのでナイフで裂く。すると中身のほとんどを捨てなければならず、残ったのはかたい皮だけだった。肉のかわりに泥がつまったソーセージのようなものだ。とにかく酢とスパイスに漬けこんで味つけし、フライパンで炒めて食べてみる。
「……まっず〜い! ぺぺぺっ」
 くちのなかにじわりと染み出すように広がった堆肥の香りに吐き気をもよおし、ぼくは思わず戻してしまった。これはダメだ。セミの幼虫は木の根っこにしがみついて樹液を吸って生きているけど、カブトムシの幼虫は泥をエサにしているのがよくないのだろう。
 久しぶりの失敗にショックを受け、ぼくはふらふらと巣穴からさまよいでた。
 青空に白い月がでている。
 そこからいろいろな食べ物を連想しながら森のなかをぼんやり歩いていくと、不意に近くの茂みで物音がして、同時に甲高い悲鳴がきこえてきた。なにも考えずにからだが動き、その茂みのなかを覗きこんでしまう。  明るい褐色の大きな背中と尻尾がみえた。キツネだ。その前足のしたでは、血まみれの黒いウサギが弱々しくもがいている。
「ザザ!」
 ぼくの叫び声をきいて、キツネがふり向いた。目がらんらんと輝き、くちのまわりには真っ赤な血がこびりついている。
 なんだかみんなが肉を食べるぼくのことをどんなふうに思っているのか、わかった気がした。でもぼくは血のしたたる生肉をそのままくちにしたことはないんだけど……などと呑気に考えている場合ではない。キツネはもはや身動きがとれなさそうなザザから前足を離し、こちらに駆けてこようとしている。
「きゃあああ!」
 ぼくは回れ右をして、全速力で走りだした。逃げ足のはやさなら負けない自信がある。不規則にジグザグに跳びはねたりしながら、できるだけ低い茂みのしたを通る。巣穴からは離れすぎていて、たどりつくのが難しそうだ。ぼくは必死に脳みそをフル回転させた。この辺りにはなにかなかっただろうか。
 ふと、鼻先に、鉄と油の匂いがかすめる。そうだ、あれがあった。
 ぼくは大きくカーブして、いま通過したところに戻ってくる。キツネは馬鹿正直についてきているようだ。ぼくはスピードを落とし、後ろを気にしながら立ち止まった。
「えっとえっと、鬼さんこーちら、手の鳴るほーうへ」
「しゃああああああっ」
 キツネはうさぎのことを甘くみているらしく、こちらの挑発などお構いなしに直線的な攻撃をくりだしてくる。逃げだしたくなるのを必死でこらえ、ギリギリまで引きつけると、我ながら絶妙のタイミングでキツネの鋭いキバをかわした。
 バチンッと不吉な金属音がする。キツネの絶叫が響いた。
「やった!」
 人間の猟師がしかけたとらばさみの罠が、キツネの前足を完全にとらえていた。うまく誘いこめたようだ。暴れまわるキツネから身を離し、ぼくはザザのところに戻った。
「よう、ドニ。いまの音はなんだ……?」
 毛皮が黒いので出血の度合いがわからないのだが、どうやらザザは助かりそうだった。
「キツネはやっつけたよ。みんなを連れてくるね」
 知らせをうけた仲間たちがザザを巣穴へと運んでいく。ぼくはその様子を見届けてからひとりで森にとって返した。
 とらばさみに捕まったキツネはすでにぐったりとして、荒い息をしながら前足の痛みに耐えていた。もう日が暮れるから、人間が様子をみにくるのは明日になるだろう。ぼくは慎重にキツネへと近づいた。
 まずは血抜きからだ。
 大きな肉はステーキにして、残りはもちろん煮込み料理。雑食性だからだろうか、かたいし、すじばってるし、ルネに比べたらぜんぜんおいしくない。
 そして翌日。ぼくは例によって激しい腹痛に見舞われていた。人間の子供のときもそうだったけど、味とは関係なしに、やっぱり消化できないのだった。なぜぼくは草食動物に生まれてしまったのだろう。神に与えられた運命に逆らおうとするなんて愚かなだけなのだろうか。
 ぼくはルネのカーペットにうずくまり、懐かしい匂いをかいだ。



コメント:というわけで、ショートショート三本でした。カニバリズム(食人儀礼)の本を読んでいて、なんか書きたくなったのですが、人間が主人公でシリアスにするとありがちなホラーになってしまうし、うまく笑いに昇華しようと頑張ったんですが、あかんでしょうか(弱腰)。なんか消化不良なので、同じネタでまた書くかもしれません。

参考:『食人全書』『美食の歴史』『ゲテ食大全』






 当時の私はなにを考えていたのでしょう、よくわかりません。
 ……嘘です、ノリノリでした。めっちゃ楽しかったデス。きっと自分だけが楽しいのだろうと思っていましたが、評判はそれほど悪くなかったです。参考資料の『ゲテ食大全』が悪かったんだよなあ、サブカル系の本は面白いですよね。


  【 2005.02.26 up オリジナル 「うさぎの憂鬱(改訂版)」  無断転載禁止  低温カテシスム 管理人:娃鳥 】


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