炎の絵

2003/12/12 12:39 


「これでトドメだっ。以土行為石嵐、砕!」
 夜のアトリエに轟音が響く。どこから発生したかわからない無数の石つぶてがふりそそぎ、炎を身にまとう女が絶叫した。
「鷹真(たかま)くん、倒しちゃダメだよ」
「わーってるよ。いまのはアレだ。正をもって合い、奇をもって勝つってやつ」
「孫子だね」
 炎はもう消える寸前だった。娃鳥(あとり)は頬に両手をあてて顔の熱さを確かめる。背後には依頼人が消火器をかまえながら緊張した様子で控えていた。
「逃げるぞ!」
 あちこち焦げている鷹真がなにか小さな物を炎に投げつけた。娃鳥も慌てて導引をむすび、口訣をとなえる。傍らに目隠しをした幼児が出現するが、残念ながら彼女にしかみることはできない。
「聴鬼のマリアンヌちゃん、気をつけてね」
 聴覚を特化した使鬼は音もなく炎を追いかけていく。

 色彩がきえた。
「……終わったんですか、道士さま」
「とりあえずは。おケガはありませんか」
 娃鳥がうなずくと依頼人の中年男性はほっと息をついた。
「あのオバケはなんだったんでしょう」
「幽霊ではないな」
 鷹真も娃鳥もそれなりに経験をつんでいたが、この廃棄されるべきアトリエに居座っている炎に包まれた女は初めてみるものだった。すでに何度か消滅させているのだが、次の日には何事もなかったかのように復活してくるのである。新種の妖物かもしれない。それはそれで、いい研究材料ではある。
「俺の麗々虫はいかれたみたいだ」
 鷹真が舌打ちした。依頼人の前でそういう態度をとらないでほしいと娃鳥はつねづね苦言を呈しているのだが、一向に改善してくれる気配がない。麗々虫とは針金細工の昆虫で、発信機のようなものだ。熱で溶けてしまったのだろう。
「マリアンヌちゃんはついていけてるよ」
「よし、いくぞ」
 そういって外に走っていってしまったので、娃鳥も依頼人にこの場で待機するように告げて鷹真の後を追った。

 空には新月が浮かんでいる。
 冬の空気は乾燥していて、簡単に火災が発生してしまいそうだ。娃鳥が先に立って夜の街を駆ける。ふだん東京で暮らしているふたりにとっては信じられないほど、地方都市の住宅街は静まりかえっている。

 これほどの田舎でも河の水はよどんでいた。
「こっち」
「ああ、もうみえてる」
 赤い光がもれていた。土手をおりて鉄橋の下に至る。
「なんだこりゃ」
 壁面に、件の炎の女が描かれていた。娃鳥は聴鬼の労をねぎらいながら、どこかで見覚えのある絵だと思った。
『……の絵が……アトリエを……』
「えっ?」
 底冷えのする声を耳にした気がして、娃鳥は周囲をみまわした。
「いまのきこえた?」
「……きこえねぇよ。またそこらの地縛霊じゃねぇの」
「あっそうか。祈願、明鬼!」

 娃鳥の術をうけて、絵のうえに半透明の若い男性の姿がうかびあがる。こちらは正真正銘の幽霊である。目の下に隈をつくり、いかにも陰気な感じだ。
『なんだ貴様らはぁ……僕の邪魔をするつもりか……』
 たおすべき相手がみつかったと喜んでいる鷹真を手で制して、娃鳥は幽霊のまえに進みでる。
「お話し合いで解決しましょう。私たちは妖怪退治を生業とする道士ですが、事件を解決するのが目的であって、殺したいわけじゃないんです。どういった事情なんですか? 教えてください」
 鷹真が「これだから召鬼の術者は……」と呟いているが、無視。

 しばらく幽霊は身をくねらせ、やがてゆっくりと語りだした。
『……僕の家族は……兄貴は、僕が絵をやることに反対だったんだ……だから交通事故で死んだらすぐに絵をみんな処分して……燃やしやがったんだ……たしかに僕の絵は売れやしないさ……アトリエも潰すつもりで……』
「そこの絵もあなたが描いたんですね。どうして動きだすの?」
『知るか……僕の絵はもうこれしか残ってない……好きな画家を模写しただけの習作だが……いまの僕の気持ちにピッタリだ……兄貴なんか……』
 そこで娃鳥は、先ほどからの疑念にようやく解答を得る。
「……思いだした、これって月岡芳年の“二十四考狐火之図”だね」
「だれだよ、それ」
 鷹真がつまらなそうに口をだしてくる。
「狂気の浮世絵師。妖怪をモチーフにした作品をたくさん残したの」
「けっ、おどろおどろしいんだよ辛気くさいんだよ。てめーみたいな暗い女が好みそうな絵だぜ」
『辛気くさくて悪かったな……この退廃の美学がわからんのか』
「わかんねぇよ。絵を動かせるってことはつまり、お前は厭魅・厭勝の素質がある左道使いだったってことか」
『そんなものは知らん……僕は画家だ……芸術家だ』

「あ、あの、つまり依頼人……お兄さんがアトリエを保存すればいいんですか」
『……僕の絵を燃やしたんだぞ……許さん……兄貴も燃やしてやる……』
「実の兄弟じゃありませんか」
『許さん……許さん……許さん……』
 幽霊はもはや聞く耳をもっていないようだ。
「……娃鳥。こいつを実体化させろ」
「え〜? できるけど、でも」
「いいから」
「……祈願、付霊鬼肉……」
 空気が収束し、幽霊は肉を得て地面におりたった。
『おぉ、これは……これでまた絵が描け……』

「いきなり右ストレート!!」
『ぐわっ』
 鷹真の一撃をうけて、幽霊は背後の壁に激突する。
『な、なにを……』
「すかさずボディアッパー!!」
『ぐふっ』
 腹をかかえてうずくまる幽霊。
「ちょ、ちょっとぉ。穏便にいきましょうよ」
「うるせぇ! 話してわかんないならコブシで語るしかないんだよ! 男なら!!」
「そんな野蛮な。大丈夫?」
 助け起こそうとする娃鳥の手を拒否して、幽霊はたちあがった。
『………………お見それしました』
「うむ」
「えぇっ???」

 娃鳥にはまったく理解できなかったが、どうやら幽霊は納得したようである。これが男のやりかたなのだろうか。感性に温度差がありすぎる。
「じゃ、この絵をなんとかしろ」
『そういわれても……自分の意志で操ってるわけじゃないんですよ』
 口調まで変わっている。娃鳥は二の句が継げない。
「うーん、俺の術で絵を破壊してもいいけど、そうすると橋も落ちるよな」
『あの……この絵は僕の唯一の……どうか残してもらえませんか』
「こっちも仕事なんだよ。おい娃鳥、なんかいいアイディアないか?」
 呼びかけられて我に返る。どうやら考えるのは自分の役目らしい。
「えっとぉ、その絵の危険なのは火がでてるところだけだから、なんとか絵のなかの温度を下げるとか……」
『なるほど、それなら!』

 幽霊はどこからともなく絵筆とパレットをとりだした。素早い手つきでしゅらしゅしゅしゅっと筆を加え、“二十四考狐火之図”は“紅葉の女”に姿を変えた。さらに女の周囲に柵を描きこみ、移動できないようにする。
『これが僕の人生で最後に描いた絵になるんですね』
「もう人生終わり済みじゃねぇの? お前」
『き、きっつー』
 そうして幽霊は成仏していった。

「さて、依頼人からがっぽり謝礼をもらって、ぱーっと飲みにいこうぜ」
「うん……」
 彼のやりかたはやっぱりよくわからない。でもこれでいいのだろうとも思う。娃鳥はマフラーを巻きなおして、土手を駆けあがった。



参考:『央華封神』『道教の本』『芳年妖怪百景』『終電時刻』






 うーん、まだ世界観に慣れなくて手探りしている痕跡がはっきり残っていて、かなり恥ずかしいですね。展開やオチもありがちだし。
 現在のハンドルネームはこのキャラからいただきました。このふたりは「break through」にも登場します。


【 2005.07.03 up オリジナル 「炎の絵」 お題目→『温度』  無断転載禁止  低温カテシスム 管理人:娃鳥 】  .


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