break through

2004/02/19 17:26 


 今回の依頼は、廃墟となった無人島に夜な夜なあらわれる謎のひかりの正体を探ることである。妖怪ハンターの娃鳥(あとり)と鷹真(たかま)は小型船をチャーターして冬の海を越え、長崎県の通称『軍艦島』へと足を踏みいれたのだった。
「てゆーか、夜にこないと意味ないんじゃない?」
「いまさら遅ぇよ」
 まあ下見を兼ねていると思えばいいだろう。島の内部は予想以上に荒廃しており、いきなり夜間に活動するのは危険すぎる。港に降りたふたりは、しばし呆然と立ちつくした。広い。雑然と高層化した建物がひたすらどこまでも並んでいる。ここをあてもなくしらみ潰しにしなければならないのだろうか。
「不知火現象だったりして」
「それを確認できれば仕事は完了だがな。陸からみえるってことは島のこっち側なんだろ」
 とにかく鷹真が歩きだしてしまったので、娃鳥もてれてれとその後に続いた。とりあえず一番めだつ建物に入る。どうやら従業員たちの社宅だったらしく、同じ間取りの部屋がやはりひたすらどこまでもどこまでも並んでいた。七階ぐらいまであがってみる。

「娃鳥ぃ」
「なあに?」
「どこ調べればいいのか占ってみろよ」
「そうか、その手があったね! あったまいい〜!」
「……自分の能力ぐらい把握しておけよな」
 作業台を探して周囲をみまわすと、近くにベッドらしき残骸があった。なんとマットレスのなかには藁が詰められているという、時代を感じさせる一品である。娃鳥は気持ち悪く湿ったそのうえに、依頼人からもらった島の見取り図を広げた。ショルダーバッグから筮竹をとりだして手のなかでじゃらじゃら鳴らし、ざらっと見取り図のまえに並べる。
「うーん、したのほう……」
「南か?」
「ちがう、地下があるんじゃないかな。ここよりずっとしたのほうで強い意志を感じる」
 鷹真は外をみようと思ったのか、無造作にカーペットを横断して窓際に近づいた。嫌な音がして、ごっそり床が抜ける。
「へっ?」
「いやーん、なにやってるのぉ!」
 娃鳥は見取り図と筮竹をひっつかみ、素早く後ろに跳びずさって廊下に避難した。
「うおおおおおおっ」
 どかばきぐちゃごきががががが……。
 部屋半分を巻きこんで崩壊してから、建材の落下はとまったようだ。廊下のふちにしゃがみこんでしたをのぞいてみると、瓦礫の山が内側から爆発し、もうもうとあがる土煙の向こうに術を放った体勢のままの人影がゆらりとあらわれる。
「大丈夫ぅ? 筋肉つきすぎなんだよねぇ。重くて困っちゃう」
「悪かったな……今度からおまえがうえになれ……」
 鷹真は一息にジャンプして、残っている床に足をかけた。そこも崩れてまた階下へと逆戻りさせられる。さすがに今度はうまく着地したようだ。舌打ちして天井をみあげた彼のうえに、藁マットのベッドが直撃する。ずがん、という、なかなかいい音がした。
「私が階段でそっちにいくからさ、その部屋から廊下にでたら?」
「……」
 返事がない、ただのしかばねのようだ。

 前回の仕事で尾が八本ある妖狐を退治したのだが、鷹真が調子にのって文字通り八つ裂きにしたところ、どうやらたちの悪い呪いをかけられたようなのである。ここ最近の彼の行動にはそうとしか思えない不運さがつきまとっていた。天中殺って感じ?
 ふたりはなんとか社宅跡を脱出し、見取り図を頼りに炭坑の坑道へと向かう。
「あ、神社があるよ。お賽銭あげていこう」
「なにしにきたと思ってるんだ」
「鷹真くんのためにいってるのに。ちょっと神頼みしたほうがいいよ。てゆーか、お祓いしたほうがいいよ、帰ったら」
「けっ、くだらねぇ」
 まだ仕事はこれからだというのにすでにボロボロの鷹真は、ちらっとさりげなく岬の神社に目をやったが、結局そのまま通りすぎてしまう。等間隔に建ち並ぶコンベアの支柱をぬけて、娃鳥たちは目的の坑道の入り口に到着した。懐中電灯をつけて内部を照らす。
「ガンガン進むぞ、ガンガン」
 鷹真は陰陽五行のうち土行と金行を得意とする術者なので、地下に入ると気力を回復してくる。一方、娃鳥も霊魂に親しむ召鬼の術者なので、炭坑のような死者のでていそうな場所というのはなんとなく心がなごむのであった。

 通路の右側に、錆びついた扉がひとつ。
「ここ開いてるよ。調べとく?」
「んー。この部屋は見取り図によると……どの辺だ?」
 鷹真の手にした紙を懐中電灯で照らして、一緒にのぞきこむ。しかし構造はわかるが、その部屋の用途までは書かれていない。十二畳ほどの部屋に入ると、みるからに邪教を崇拝してますとでも主張していそうな怪しげな模様が、壁一面に描かれていた。
「この模様、なんだっけ」
「見覚えあるよな」
 次に目につくのは、薄汚れたシーツが被せられた巨大な物体である。鷹真が歩みよってこれまた無造作にシーツをはぎとった。あらわれたのはテーブルにのせられた邪神の像である。古代ペリシテ人に魚神として崇拝されていた、旧支配者のうちの一体だ。
「はは、ダゴンだよ、これ。ディープワンがいるんだ。帰りましょうか」
「それじゃ仕事になんねーだろ!」
 ディープワン、すなわち深きものとは、クトゥルーやダゴンといった海の邪神に仕える不老の種族で、さまざまな生き物との混血が可能であり、温帯や熱帯の海中、深さが1キロメートル以下の大陸棚に生息しているらしい。世界中の至るところでみられる連中だ。
「孕ませられたらどうするのよ。私たちの相手とは種類が違うんじゃないの?」
「ここまできて手ぶらで帰れるか! いくぞ!」
 鷹真はシーツを床に叩きつけ、娃鳥の手から懐中電灯をひったくって、通路に戻った。娃鳥も小さくため息をついてから、その後を追う。

 しばらく進むと、分かれ道にでた。
「俺のカンでは、右だ」
「……それじゃ左にいきましょうか」
「なんでだよ!」
「だって〜、ここんとこ鷹真くんとってもアンラッキーじゃない」
「黙れ! 娃鳥のくせに生意気だ! 右にいくぞ!」
 そして予想通り、通路は行き止まりになった。鷹真の背中に複雑な感情がよぎる。
「えーと、戻ろうか」
「……まて。この部分、どうなってるんだ?」
 通路のおくは唐突に地面が露出しているようにみえた。やっぱり無造作に、鷹真がそのうえを踏む。どぽん、という音がして、鷹真の姿が消えた。……どうやら乾いたヘドロが表面を覆っていただけで、そこは地面ではなく、水だったようである。
「ちゃんとしたとこでお祓いしないとダメかなぁ、これは」
「俺を助けろぉ!」
 体脂肪率が低いので、よく沈むようだ。しかしヘドロまみれの人間になど手を貸したくはない。眺めているうちに、鷹真は自力で通路に這いあがってくれた。ボロボロなうえにドロドロになった彼は、もはやなんの言葉もなく坑道を逆戻りしていく。先ほどの分かれ道で進路を左にとり、あとはもうひたすら地の底へと向かうだけだ。

 暗闇のごく低い位置に、ふたつの光る瞳がみえた。
「でやがったな、狐ぇ!」
 犬である。
「てめーのおかげで散々な目にあってんだ! また俺が直々に成敗してくれる! こい!」
 べつに鷹真の挑発に応えるわけではないのだろうが、犬はぶよぶよ変形をはじめていた。ディープワンは人間やイルカと交配することが多いのに、犬とは珍しい。噂どおり彼らの遺伝子には見境がないようだ。しかし彼らのちからは体格に比例するから、このサイズの相手であれば是非もないだろう。ふつうの人間にとっては怪物でも、娃鳥や鷹真のように心得のある者にとって、ディープワンは量産型の雑魚にすぎない。
 犬の腹部を突き破って、何本もの触腕があらわれた。さらに背中からはみどり色のうろこに覆われたコウモリのような羽が飛びだしてくる。タコに似た大きく不格好なあたまが出現し、その両脇には巨大な目玉がぎょろりと動く。触腕のところどころがこちらの意識を幻惑するかのように、不規則な明滅をくり返していた。簡単にいうと、カエルとホタルイカと遊星からの物体Xをかけあわせたような姿である。
「これってクトゥルーの落とし子なんじゃない?」
 雑魚ではなく幹部クラスだったようだ。
「なんでもいい、とにかく八つ裂きだ!」
 怒りをぶつける相手をみつけて、鷹真は嬉しそうである。さっそく銀の矢を雨のように降りそそがせて、クトゥルーの落とし子に大ダメージを与えている。それにしても犬の姿のときに比べて、体長は五倍、体積にして二十倍くらいにふくれているのだが、質量保存の法則とかはどうなっているのだろうか。まあ鷹真もなにもない空中から銀の矢を発生させたりしているから、あまり大きなことはいえないのだけれども。

「娃鳥ぃ、ぼんやりするな! おまえこうゆうヤツ得意だろ!」
 たしかに娃鳥は爬虫類も両生類も昆虫類も大好きだが、魚くさい粘液を全身に浴びたくはないのである。
「援護するね」
 術が打ち止めになった鷹真は、斬岩剣をぬいて目のまえの軟体動物をちから任せに殴りつけはじめたので、娃鳥は時間の流れにほんの少しだけ干渉して機先を制する術なんかを使ってみる。専門ではないためまだ自信のない風水の術だったが、どうやらうまくいっているようなので、内心ほっと息をついた。
 敵はすでに触腕のほとんどを切り落とされ、全身からゼラチンのような汚らしい液体を噴出させている。鷹真のほうも返り血ならぬ返り粘液で、ぬるぬるのぐちょぐちょだった。
「手間かけさせやがって。そろそろトドメだ」
 剣を振りあげながら一歩ちかづいた瞬間、粘液に足をとられて鷹真は思いきり転倒した。もはやダルマ状態で身動きがとれないかと思われたクトゥルーの落とし子が波打つように這いずって、鷹真を押しつぶそうとする。
「危ない! 祈願、護法一撃!」
 娃鳥のまえに天界の兵士である護法が一体召還され、その聖なる拳が邪神の眷属めがけて叩きおろされた。ちょうど眉間の辺りにクリーンヒットし、クトゥルーの落とし子は灰色の脳漿をまき散らしながら断末魔の叫びをあげる。
「あ」
 しまった、トドメを刺してしまった。
 戦いが終わり、うち捨てられた炭坑に、本来の静寂が戻ってくる。鷹真は地面に両手をついて、かわいそうなくらいガックリとうなだれている。
「ごめん、鷹真くん。その」
「……ひとりにしてくれ……」
 そういって彼は壁際に移動し、娃鳥に背を向けたままうずくまって、しばらくのあいだ動かなくなってしまったのだった。

 ともあれ、謎のひかりの正体は突きとめられた。この島に巣くうディープワンを完全に駆除するまでにはそれなりの年月が必要だが、それはまたべつの話である。仕事を終えたあと、鷹真は師匠のツテを頼って正式にお祓いをうけ、人生にひかりをとり戻すことができた。これからも人に害をなす妖怪を相手に戦い続けることになるだろう。
「もっと、ひかりを……」
「てゆーか、八つ裂きにするのやめたら?」
「男のロマンなんだー!」
「病気もらいそうだよねぇ」
「……」



コメント:お題目『温度』のキャラを使いまわしました。このふたりは汎用性たかいです。

参考:『央華封神』『暗黒神話体系 クトゥルー』






 私が書きたい話というのは基本的にこの手のノリなんですよね。すごく楽しんでた記憶があります。
 同時に更新した「失われた記憶」とリンクしていますので、よろしければそちらもご覧ください。このキャラたちは以前アップした「炎の絵」にも登場します。


【 2005.10.18 up オリジナル 「break through」 お題目→『光』  無断転載禁止  低温カテシスム 管理人:娃鳥 】  .


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