folie a deux2004/01/07 19:08
絵美 』 ……解説するまでもないと思う。 べつにね、街中でとつぜん歌ったり演説をはじめたりするわけじゃないからさ。ふだんはふつうなんだよ。いや、ふたりだけのときだってふつうなんだよ。ただ手紙を書くといきなりこうなっちゃうみたいなんだ。 でもまあコメントしようがないんで、放置しておいた。勉強に忙しくてそれどころじゃなかったってのもあるんだけどね。 そして絵美とつきあって最初の冬。ぼくは受験に失敗した。 2次試験の手応えではいけるだろうと思ってたから、正直かなりショックだった。予備校が決まってからもなかなか浮上できない。絵美に報告するときはすごく勇気がいった。浪人とはつきあえないっていわれるんじゃないかとすら思った。彼女の手紙をないがしろにしたことを怒っているかもしれない。結局くちではいえなくて、ぼくも手紙を書くことにしたんだ。 すぐに返事がきた。 『 秀夫くんへ 大学のこと、残念だったね。気を落とさないでください。来年はきっと合格できると思います。 たぶん敵が妨害してるんです。“奴ら”は光の側の私たちをうざいと感じているはずです。秀夫くんが大学に受かったら絶対“奴ら”にとって驚異になるはずだもんね。私がもっと警戒しておけばよかった。 はやく会いたいな。時間ができたら電話ください。 絵美 』 ぼくは思わず微笑んだ。なんだか久しぶりに笑ったような気がする。 彼女に連絡したのは、それからさらに数日がたってからだった。なんとなく体調が悪かったんだ。両親がケンカしてるせいかな。 「あの大学に落ちるなんて、おまえがしっかりしてないからじゃないのか!」 「塾のことを話したときも相談に乗ってくれなかったじゃありませんか!」 これを延々やってんだよ。まいったよなぁ。 「体裁が悪いからご近所の人と話すんじゃありませんよ!」 なんてこともいわれたし。 部屋からでるにでられないんだけど、そう長いあいだ集中力は続かないしさ。ぼくにしては珍しく食欲がない。夜なかなか眠れないのに朝はやく目が覚める。睡眠は足りてないから疲れがとれてない。よけい集中できない。眠ろうとするけど眠れない。気ばかり焦って空回りしてる自覚はあった。でも自分ではどうにもできないんだ。体重も減ったり増えたりしている。 絵美は高いところが好きだった。宇宙に近いからね。 近所のビルの屋上で久しぶりに彼女と会う。少し髪がのびていた。スカートがひらひら揺れる。春の風はまだ冷たい。 「その予備校なら途中まで一緒に通学できるんじゃない」 屈託のない笑顔。うん、コレだよコレ。やっぱ可愛いんだよなぁ。 「……ここ、いい眺めだね」 「でしょ」 屋上というのは立ち入り禁止のところが多い。このビルは絵美がみつけてきたんだ。ずいぶん気に入ってるらしくて、ぼくたちは何度もここで街の人間たちを頭上から見おろした。例の使者とやらに会ったのもここなのだろうと思う。 きいてもいいのかな。 手紙のなかだけの話題だ。ぼくは迷って彼女の横顔から目をそらす。 そのときだった。 雲の切れ間から光がさして、ぼくたちのところまでまっすぐ降りてきたんだ。ヨーロッパの油絵で天使が降臨するようなシーンだ。そう考えたら光のなかに人影がみえるような気がしてくる。 いや、たしかにみえた。 「使者だ……」 「うん」 ぼくたちは手をつないで、それをうけいれる。彼女の指先は乾いていた。 帰宅したらまた両親がいい争っていた。でももう気にならない。こうやってぼくを消耗させようとする敵の作戦なのだとわかったからだ。 「ただいま」 両親の横をすりぬけて台所に入り、冷蔵庫をあけて飲み物をとる。親たちは気まずく黙りこみ、それぞれの居場所に戻った。すぐに夕食になる。ぼくはつい口をすべらせて、絵美との出来事をしゃべってしまった。 「……秀夫、最近よく眠れてないんでしょ。あした病院に行きましょう」 「そ、そうだな。それがいい」 ぼくは逆らわなかった。失敗したなぁ、覚醒してない人間に話しても仕方のないことだった。これじゃ“奴ら”の思うつぼだ。医者にもなにも話すつもりはない。ふつうにしてればすぐ疑いは晴れると思う。 夜。ぼくは絵美からの手紙をぜんぶ読み返して、返事を書きはじめる。 ……ふたりだけの、秘密の手紙。 参考:『実録!サイコさんからの手紙』 この季節に出さなければ!と気づいてアップ。 folie a deux はフォリ・ア・ドゥと読むらしい。フランス語。精神医学用語で、統合失調症などの患者と生活を共にしていると、もともと正常だった人間が患者と同じ妄想にとらわれるようになる症状のことをいうのだそうです。 大槻ケンヂみたいな世界を書きたかったんですけど、当時もうすでに時代遅れのネタであったと思われます。 |
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