no reasonペンをさらさらと走らせる音がきこえるほど静かだ。 2メートルほど先には、机に向かって黙々と課題を片づける兄の背中があった。広くて筋肉質な男っぽい背中。みたことはないが、自分の後ろ姿とよく似ているのだろう。否、馬鹿みたいに鍛えているぶん、目の前の背中のほうがより美しいはずである。 ノートをめくったらしい。雲水の右腕が大きく動いた。 そしてまた静寂。音楽くらいかけたらいいのにと文句をいったこともあるが、集中できないから、そして集中すると結局きこえないからという理由で却下されてしまった。仕方ない、ここは兄の部屋なのだ。阿含は読んでいた雑誌を足でわきに押しやった。絨毯にだらしなく横たえていた身体をおこし、ベッドによりかかる。 窓の外の道路を車が通過したのがわかった。夜の空は晴れているのだろうか、今日はずっと部屋にいたからわからない。出歩くときも星などみあげたりはしないが。阿含が泳ぐ夜は安っぽいネオンと騒がしい人混みとけばけばしい女たちに彩られているのであって、双子の片割れと星座をさがして喜んだのは遙か昔の話である。 雲水の右手が前後に力強く反復する。消しゴムをかけているようだ。 夕食も入浴も明日の準備もすべて終わってあとは寝るだけという、おそらく一日でもっとも弛緩する時間。 いつもと変わらない、ありふれた夜。 阿含は片膝を立ててそこに腕をのせ、頬杖をついた。雲水はふたたびペンを握り、同じ動作をくり返している。前傾している太いうなじ、肩からのびた堅そうな腕、椅子の背もたれに隠されたあとまた唐突にあらわれる腰のライン、柔らかい布に包まれたふくらはぎ、張りつめるアキレス腱とまっしろな踵。 「……阿含……」 課題に没頭しているかにみえた兄が、ノートに目を落としたまま低く唸る。 「あ?」 「いいかげんにしろ」 「……なにが?」 「視姦されるのは気分がよくない」 阿含は一瞬だけ虚をつかれ、そして愉快そうにくつくつと笑いだした。 「そのくらい許してよ、おにいちゃん」 弟として甘えれば済むことではないと思ったのだろう、雲水が肩越しに睨みつけてくる。阿含はその視線から逃れるように姿勢を変えて両腕に顔をうずめた。動く気がないのを態度で示していると、微かな溜息と共に椅子をひく音がきこえた。ちらりと目をあげれば、また机に向かいなおした雲水の背中が映る。どうやら部屋からは追いだされないらしい。無視することに決めたのだろう。 嫌われるのは本意ではないので、みないようにする。どうせ目を瞑っていても兄の姿などいくらでも克明に再現できる。知らず知らずのうちに阿含の唇が微笑を形づくった。ほら簡単だ。 せっかくなので瞼の裏の雲水を裸に剥いてみる。しかし一緒に風呂に入らなくなって早数年、肝心の部分が思い浮かばない。自分と大差ないのだろうけど、やはり本物を拝みたいものである。そんな夢のような日がくるのはいつだろうか。いつまで待てばいいのだろうか。全身の感覚を研ぎ澄まして雲水の気配をさぐった。わずかな空気の動き、規則正しい息づかい、風呂上がりのいまならきっとあのボディソープの匂い、周囲に滲みでる体温までもが感じられた。目眩がする。声もきけたら完璧なのに。 「雲水」 「……なんだ、邪魔するな」 「問題です。あなたの弟の名前はなんだったでしょう」 「はあ?」 「答えてくだサイ」 「なに企んでるんだ?」 「ちょっと名前を呼んでほしかっただけ。呼べ」 「……なんかヤダ」 「呼べっつの」 「い・や・だ!」 それっきり、なにをいっても答えなくなってしまった。阿含の笑みはますます深くなる。 雲水の背中までは約2メートル。ほんの数歩で縮められる……しかし決して踏み越えてはいけない距離だ。この断絶。 血の繋がったしかも同性の兄弟に欲情するのは、異常なことらしい。だれが決めたのか知らないが、とにかくそうなっている。阿含にとってはどうでもよくても雲水はそう割り切らないので、柄にもなくクダラナイことを考えさせられてしまう。 その欲望は必ずしも恋愛感情を伴わない。 そして双子の間に流れているものも、じつはそれとは違うような気がする。自分たちは確かに愛し合っていたけれども、たとえば雲水は弟の遊び相手の女たちに嫉妬などしないし……反対に阿含は雲水に近づく人間にはキバをむくが、それも子供の頃から兄に抱いている幼稚な独占欲の延長であって、その証拠に排斥する対象は恋愛感情を交わした相手に限らず、雲水が少しでも関心を寄せるものはすべて疎ましいのである。だからそれはやはり恋愛とは違う次元の感情だ。つまりは兄弟なのである。ただ兄弟のスキンシップのなかにどういうわけか当然のような顔をしてセックスまでが含まれている、そんな感じだ。 それが他の女たちとのセックスと違うものなのかどうかまではわからない。実際に兄と寝たことはないからである。 「しりたい」 ぼそりと零した呟きに雲水が意識をむけた気配がしたが、なにもいってはくれなかった。 言葉にした途端、阿含は急に渇きを自覚する。必要なものが与えられていない、このままでは枯れてしまう。膝につけていた額をほんの少し離して目をあけた。己の足元から絨毯をたどっていくと、椅子の向こうに剥きだしの足首がみえる。視線を外せなくなった。身体の底からドス黒い波紋が広がる。 それでも阿含は動かなかった。この距離を越えてはならない、なぜかそう知っている。 そのとき雲水が椅子を蹴って立ちあがった。穏やかに流れていた時間がわずかに速度を早める。ノートや教科書を閉じて鞄にしまう音がきこえた。阿含の視界のなかで白い足首が方向転換し、無造作にこちらに歩いてくる。断絶が失われていく。阿含の意志に反して距離が縮まってしまう。 「おれはもう休むから、部屋に戻れ。雑誌も忘れていくなよ」 雲水は阿含の隣に立っていた。否、かれの目的は弟ではなく、弟が背中を預けているベッドにあるのだ。頭上から降り注ぐ声にもおもてをあげず、阿含はひたすら雲水の足の甲をみつめる。 「おい寝てんのか?」 兄の声に戸惑いが混じった。きっと眉が下がっているに違いない。阿含は無言で雲水の足の甲を撫でた。 「ぅわっ、なんだくすぐったいな!」 左手が即座に蹴り払われる。しかし兄のなめらかで冷たい肌の感触が確かに刻みこまれた。さきほどの波紋とは比べ物にならない大きな波が、腰の奥からおしよせてくる。 これにいったいなんの意味があるんだろうと思った。 「あぁ、もおダメ」 自分の声が驚くほど熱にかすれている。反射的に身を引こうとした雲水の膝を抱えこみ、立ちあがりざまに高くかかげてベッドのうえに倒れこませ、その腹に素早くまたがった。雲水は怒鳴るつもりでか大きく息を吸いこんだが、阿含と目があった途端ぴたりと抵抗をやめ、そのまま息を吐きだした。 「うんすい」 「……ちゃんとわかってるのか」 そういって、耐え切れないというように顔を背ける。 言葉を返せない。なにもわかってなどいない、自然に反したものを望む意味も、どうしたら賢いのかも、自分たちがどう変わってしまうのかも。ただ根深い欲求に突き動かされているだけだ。 「おまえは?」 露わになった兄の首筋に指を這わせる。唇を落としてから歯を立てて囓りついた。雲水が小さく身じろぎする。視界の隅で雲水の腕がもちあがったのを捉えた。拒絶されるのを覚悟する。しかしその両腕は阿含の背中にまわされて、優しい体温を染みこませてきただけだった。 「すまん、おれにもわからないよ阿含」 首から歯を外して、ふ、と吐息をもらす。 「やっと名前、呼んだな」 顔を上げて兄の目を覗きこめば、ゆるやかに笑んでいた。そして阿含と同じ色に潤んでもいる。 互いの熱を、貪り合った。 ◆タロットカードでシナリオ作成!レポート 過去 …… 5 "The Hierophant":秘儀の祭司(忍耐・自己満足・サディスティック) 現在 …… Prince of Cups:巧妙・秘められた情熱・利己的 山場 …… Cups7 "Debauch":堕落 未来 …… 20 "The Aeon":永劫(最終決定・分岐点・突然の解答・段階の進展) 支援 …… Ace of Swords:風・引き出された強さ・両刃の剣・逆境に強い 敵対 …… Knight of Disks:農業・現実的なちから・努力・要領が悪い →主人公はサディスティックな欲望に捕らわれていたが、それを巧妙に隠していた。しかし両刃の剣であるのを承知で、相手の要領の悪さにつけこんで堕落させ、ふたりの関係が進展する。 えらいエロいカードがでましたな。 まあここのサーバーさんはアダルトコンテンツ禁止なので……ってのは言い訳で、あまりヤオイな描写は私には無理でございますので、ちょっぴり及び腰になりつつも書いてはみたのですが、最初からヌケるものを書こうというつもりも毛頭ございませんでしたので……こんなもんです、はい。 阿含はもっと脊椎反射な生き物であって、こんなごちゃごちゃ考えないと思います。偽物で申し訳ない。 |
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