花を継ぐ青葉エースに必要不可欠なものが華やかさであるならば、たしかに残念ながら雲水にはそれが欠けているといわざるを得ないだろう。クォーターバックというこれ以上ないほど目立つポジションにも関わらず、かれの身にまとう雰囲気は静かで淡かった。なにが原因なのかと考えて一休は入部した当初からしばしば雲水を観察する。声は大きいが抑揚は少ないかもしれない。感情の起伏があまりなくて落ち着いている。なにより表情の変化がみられない。そう、笑わないのだ、いまのような休憩中ですらも。 「楽しくないのかな」 春の日射しは暖かく、こうしてグラウンドの隅に座っていてもなかなか身体の熱が逃げていかない。防具が厚いせいだ。このハードな練習が真夏にも続くのだろうか。考えただけで熱中症で倒れそうである。一休から眺められているのにも気づかず雲水が校舎のほうをみて立ちあがった。視線の先にはいかにもダルそうに歩く長髪の人影がひとつ。珍しいことに雲水の弟が練習に姿をあらわしたようだ。 「来るなら来るで遅刻するな!」 「うっせーよ、ハゲ」 阿含は鬱陶しそうにしながらも駆けよってきた雲水を決定的にはふりはらわずに、むしろからかっているような様子をみせている。一休はこんなに似ていない双子をみたのは初めてだった。よくみれば基本的な造りは同じなのだが、話し方も雰囲気も服装も表情も立ち居振る舞いも性格も、なにもかもが違っている。なにより阿含には兄にはない派手さがあった。神龍寺ナーガのエースは間違いなくかれだろう。ろくに練習にもでてこないが、思うままに行動していて裏表があまりないので、雲水に比べたら理解しやすい人間だった。 ベンチの横で雲水がファイルを開き、阿含にみせながら新しくとりいれることになったフォーメーションについて説明している。 「……パスシチュエーションで相手がブリッツしてくるものと想定して、」 「あー、ここでフェイクを入れるんだろ?」 ぼんやりしていたら休憩終了を告げる笛が鳴ったので、一休は慌てて立ちあがった。阿含がそのフォーメーションで投げてみることになり、中学で経験のある一休も敵コーナーバックの役をするよう命じられた。雲水はべつのレシーバーたちにパスコースを走らせてキャッチさせる練習をするために向こうのほうへと行ってしまう。見送っている暇はなかった。 「さっさとセットしろよ、てめーら」 エースのまえで、学年を問わずすべてのチームメイトたちが緊張している。阿含は怖かった。機嫌がいいときは過剰なまでの笑顔で騒がしくみんなを盛りあげてくれるムードメーカーなのだが、いちどキレたところをみてしまうともう気楽に軽口を叩くこともできなくなる。とはいえ怖いもの知らずの一休はいまのところ阿含にもわりとふつうに接していて、それでとくに殴られたこともなかったので、素人目にも明かなほど才能あふれるプレイヤーと一緒に練習できるという喜びのほうが大きいくらいである。 阿含のコールでボールがスナップされ、一斉にチームメイトたちが動きだした。一休がマンツーマンカバーしているレシーバーにボールが飛んでくる。ターゲットの動きを確認してから投げるのではなくタイミングを合わせるパスだ。わずかに届かずレシーバーの前方を通過してしまった。 「遅ぇんだよ」 「わ、悪い」 「もっかぁい」 こうして練習をしたわけだが、ほんの数回で阿含はコツを掴んでしまったらしい。しかしパスをうけるほうはそうもいかないから何度でもくり返さなければならない。さっそく飽きてきてレシーバーをとっかえひっかえしたりしたあげく、阿含はボールを放りだしてベンチのほうへと歩きだした。 「あとはおまえらでやっとけ」 残った者たちは顔をみあわせる。クォーターバックがいなければ練習にならないが、誰でも代わりができるポジションではない。センターをやっていた先輩にいわれて一休が雲水を呼びに走る。背後から近づいたのに雲水は鋭敏に気配を察してふり返った。 「どうした?」 「その、阿含さんが」 一休が視線で示した方角をみて、雲水は手のなかのボールを地面に叩きつける。 「またか、あいつ」 それまで相手をしていたチームメイトたちに如才なく指示をだしてから早足で弟のほうに向かう。そのあとを一休も追うしかない。そっと様子をうかがうと雲水の顔には怒りが浮かんでいる。笑わないのと同じように後輩を叱るときでも感情的に怒鳴ったりはしないので、珍しい表情をしていると思った。ついまじまじとみつめてしまう。 「阿含!」 感情むきだしの怒鳴り声が響いた。呼ばれた弟はベンチに座ってだらしなく足をのばしている。 「もうマスターしたぜ、さっきのフォーメーション」 「ひとりだけ憶えたって意味ないだろう!」 「できてない奴らの練習につきあうのはおれじゃなくたっていいじゃんか」 「おまえとのプレイに慣れるためにやってるんだ! 余裕があるんなら相手の癖にあわせて捕りやすいパスを投げてやれ!」 「そんな甘やかしたら上達しねえって」 「おまえが手を抜いていい理由にはならん!」 双子たちは一休の存在など完全に眼中にないようだ。ちょっと距離を置いて立ち尽くしながら、なんというか、まるで痴話ゲンカだと思う。話の内容は決して部活から離れないのに、かれらをとりまく雰囲気がなぜかそんな感じなのである。あの阿含がこれだけ相手に大きな態度をとられているのに普通に対応しているのにも驚かされた。双子の兄弟というのは、かれのような人間すらも縛れるほどの深い絆なのだろうか。 気がつくと、阿含のサングラス越しの目が一休を睨みつけていた。 「さっきからなにガンくれてんだ、チビ」 「えっ、あ、いや、すいません、そんなつもりじゃないっす」 「あ゛ぁ?」 「阿含、一休に八つ当たりするな。練習の続きをしてこい」 「だからヤダっつってんだろ!」 「練習しにきたんじゃないのか、おまえは」 「おれにとって実になる練習ならいくらでもしてやるよ!」 「わがままいうな、個人競技じゃないんだぞ!」 「あの、」 「「なんだ!」」 見事にハモりながら同時にこちらをふりむいたふたりは本当に瓜二つだった。……面白い兄弟である。 日が暮れて後片づけをしている一年の横で、雲水は、今日測定した部員全員のヤード走の記録に目を通しているようだった。本人の技術を高める努力だけでなくチーム全体の把握にも心を砕くのは、QBという役割からくる責任もあるが、なによりもかれのアメフトにかける情熱をあらわしているのだろう。一休自身も自他共に認めるアメフト馬鹿であるため、こういった姿をみせられると一方的な親近感が湧きあがってくる。 ようやく片づけを終えて仲間と話しながら部室に戻ろうとしたら、雲水がトレーニングルームに歩いていくところに行き当たった。かれが部活後に自主練をしているのは大抵の部員たちが知っている。 「雲水さ〜ん、今日も残ってやってくんすか?」 「ん? ああ日課だからな」 うるさく思われることも多い一休の声にも面倒がらずに答えてくれた。きっと誰に対してもそうなのだろうが、妙に嬉しくなった一休は、調子づいて雲水にまとわりついた。 「ご一緒してもいいっすか!」 「それはもちろん構わないが……」 「やったー、ありがとうございます!」 底抜けに明るいテンションに戸惑ったような顔をしている雲水に一礼してから話していた仲間たちに手をふって、タオルをもってくるために部室のドアをあけた。ちょうど着がえ終わった阿含が外にでようとしていたので道を譲る。 「お疲れさまっす」 「お゛ー」 部室のなかでも同じように挨拶しまくりつつロッカーからタオルを掴みだし、すぐさまUターンして逆戻りする。雲水は先ほどまでと同じ場所に立ってなにやら阿含と話をしていたが、一休の姿をみてほんの少しだけ表情を動かした。 「きたか」 「はい、っていうか、もしかして待っててくれたんすか」 期待をこめて見あげると、雲水は苦笑し、そのとなりで阿含がなぜか機嫌を急転直下させていた。 「なにオニイチャン、このガキとふたりで筋トレすんの? てかコイツだれよ」 「細川一休っす」 「テメェにきいてんじゃねぇんだよ」 いきなり雲水がわざとらしい慈母のような微笑を浮かべた。 「気になるならおまえも一緒にトレーニングしてくれてもいいんだぞ、阿含」 怖い。目が笑ってない。ひそかに息を呑んだ一休は、阿含も一瞬だけ鼻白んだのを目撃する。 「あ゛ー、今日はちょっと疲れたんで、見学させてもらおっかな」 「みてるだけなら邪魔だから来るな」 「堅いこというなよ」 阿含はごく自然な仕草で雲水の肩に腕をまわし、力いっぱい一休を無視してずんずん歩きだした。どうにも声のかけようがなくて仕方なく無言のままカルガモの子供のようにあとをついていく。今日は部活自体が長引いたせいもあってか、トレーニングルームに人影はなかった。 「……いつもこんな感じなん?」 「まあな」 雲水は腹筋をするようだ。すぐ近くに阿含が適当に腰かける。一休は少し離れたところでダンベルを見繕いはじめた。すでに雲水の姿を追うのは習慣になってしまっているので、無意識にそっちをみる。……何気ないふりをしてダンベルに目を戻した。阿含がなにやら含みのある敵意をみなぎらせてこちらを睨んでいるのだ。色の濃いレンズに阻まれてよくみえないが、間違いない。一休はさりげなく双子に斜め45度くらい背中を向けた。ダンベルの重さを確かめてから両腕で反復運動を開始しても、遠慮のない視線がいつまでも一休の全身に突きささってくる。あからさまに値踏みされている。 「なんなんすか……」 口の中だけで呟いて一休はひたすら上腕二頭筋と腕橈骨筋に意識を集中することにした。コーナーバックだろうがワイドレシーバーだろうが身長が低いというのはやはり不利なので少しでも腕力なりなんなりをつけなければならないのは確かだ。ただ性格的に、ひとりだけで地味な練習をこなすというのは気力が続かない。真剣に励ましあいたいとは思わないが、移動や着がえのときに他愛のない雑談をしたり寮まで一緒に帰ったりするような相手が、一休には必要だった。雲水はどうやって気力を維持しているのだろうか。そんなことを考えながら腕を動かすのに夢中になる。呼吸を一定に保っていると身体の隅々までコントロールできているような気分になってきて気持ちがいい。いつしか一休は突きささる視線を忘れていた。 がたん、と、おそらく故意に大きな音を響かせて、阿含が立ちあがった。 「やっぱおれ帰るわ。飽きたし。まだかかるんだろ?」 「……ああ。さっさと行け」 背中を向けたままひらひらと手をふって阿含はトレーニングルームから姿を消した。見送っていた雲水の顔に微妙な表情が沈着している。その正体がなんであるのか一休にはわからない。知りたいと思った。もっと親しくなれば読みとれるようになるはずだ。一休がみているなかで雲水はすぐに平常をとりもどす。相変わらずの見事な自制心だった。もちろん一休もかれら双子がおかれた状況や周囲の評価を知っているので、下世話な噂話の範疇において雲水の心情を想像することはできる。だが実際に接してみると(あたりまえかもしれないが)ふたりの実像というものは噂できくような薄っぺらいものではなく、とくに雲水はなにをどこまで考えているのか底知れない深さがあった。 「すまんな一休、弟は気まぐれな奴なんで、あまり気にしないでくれ」 「そんな、とんでもないっす」 わたわたと両手をふる一休をみて、雲水の空気が少しだけ緩んだ。 「おまえみたいに元気で練習の好きな奴がエースならあまり文句もでないんだろうな。がんばれよ。期待してるぞ」 「え、エースっすか?」 「ああ、そうなれるだけの素質があるだろう? 気づいてないのか?」 フィールドにおける阿含の強烈な存在感が脳裏をよぎる。一休には運動神経がよくてしかも要領もいいという自覚はあった。中学で培った技術が神龍寺という強豪校で通用するらしいのもわかっている。チームメイトたちを見回したところで、現在かなわないとしても絶対に手が届かないと平伏してしまうような次元の違う者はいない(阿含ですらも)。しかしそれだけではエースにはなれない。エースに必要不可欠なものが華やかさであるならば、そこまでのものが自分に備わっているだろうか。 「えっと……できるかぎり努力するっす」 「うむ」 首肯した雲水にはやはり拭いがたい陰があり、手をのばしたくなったが、それを忌避する壁の存在も敏感に察知してしまい、一休は心臓の辺りに痛みを感じた。……そういえばさっきつい聞き流してしまったが、「期待してる」といわなかったか。今度は心臓がはげしく鼓動をうった。雲水は新入部員全員の顔と名前を真っ先に憶えるような人間だが、そのくせ個人個人にはさして興味を抱いていないようなところがある。その雲水が「期待してる」。……さらに思い返せば「素質がある」ともいっていた。一休は人から褒められるのは大好きで大歓迎とはいえ、それはあくまで精神的な援助をうけとったにすぎず、己を磨くことができるのは己だけだとシビアに割り切っているつもりだ。なのに雲水から評価されたのが死ぬほど嬉しいのはなぜだろう。いまなら空だって飛べるような気がする。 「どうした」 「いえっ、なんでもないっす!」 一休は勝手に暴走する心臓をおさえこみながら雲水に完全に背を向けて、ダンベルの上げ下げを再開した。わずかな間の後、雲水が腹筋することによって生じる台の軋みがきこえてくる。かれとふたりきりで(距離はあるけど)背中あわせになっている事実を噛みしめ幸せに浸ろうとした瞬間、なぜか想像のなかに阿含が登場してあいだに割りこんできた。雲水の背中にぴったりと密着して寄りかかってしまう。それがあるべき姿であり、悔しいが、その位置は一休よりも阿含にこそ相応しいのだと認めざるを得ない。 「……なんだコレ……」 「ん?」 「いえいえ、なんでも!」 一休は毛の逆立ったあたまをふって、他人の想像内にまで居座る阿含を追い払おうとした。考えれば考えるほどサングラスをかけたドレッド男は鮮明になっていく。というより、雲水を単体で想像するのがむずかしいということなのだ。部活ではひとりでいることが多いのに、双子が揃っている光景のほうが本来のものであるように思わされてしまっている。……なんなのだろう、この兄弟は。 「一休。そろそろ閉めないとまずい時間だが」 「あっ、そうっすね」 内心の動揺を隠すように慌ただしく身仕舞いをした。雲水が戸締まりを確認して灯りを消し、トレーニングルームをふたりして後にする。雲水はあまり自分から雑談に興じるタイプではないようなので一休のほうから積極的に話しかけ、好みそうな話題を探り、幾度が笑いをひきだすことにすら成功した。なので、絶え間なく胸をよぎっている先行きが暗くなりそうな予感には、あえて目を瞑ってしまったのである。 部室をでて校門に向かうと、入学式ではごく淡いピンク色だった桜の木が瑞々しい青葉に包まれていた。 ◆タロットカードでシナリオ作成!レポート 過去 …… Queen of Disks:包容力・勤勉実直・頭の鈍い・卑屈・気分屋・情に脆い 現在 …… 21 "The Universe":宇宙(質問それ自体・実現・総合・遅れる・不活発) 山場 …… Disks7 "Failure":失敗(努力しない・夢や希望の欠如・無気力・略奪) 未来 …… Wands9 "Strength":力(フリーランサー・とらえどころのない人物) 支援 …… Prince of Disks:沈着冷静・信頼できる・安定した感情・非情緒的・鈍感 敵対 …… Prince of Cups:巧妙・秘められた情熱・表面上の平和・利己的・野心家 →情にほだされて対応が遅れがちな主人公は非情緒的になって希望を見失い、情熱を秘めた野心家の相手からとらえどころのない人物のように思われた。 いろんなサーチサイトさんに「CPは阿雲ときどき一雲」なんて書いて登録しておきながらちっとも一休がでてこないことに気づき、ようやく登場させてみました。金剛兄弟のお題で扱うのはどうかと思ったんですけど、結局は双子の姿を第三者の目から描いただけですから。おいしいポジションにいますよね、一休って。というかこの子は私のなかでは総攻の子なので一阿もアリだと思ってるんですが、それだとギャグになってしまいます……ま、どっちにしろ阿雲前提なので報われないんですけどね。 それにしても一休は一年生ということで書いてしまったので、違っていたらどうしようです。 |
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