Hide & Seek無数の人影がそれぞれ勝手な思惑を胸に行き交い、阿含の進路をふさいでいる。彼らの輪郭はぼやけ、顔などの区別はまったくつかないし、つけるつもりもなかった。世界が色褪せているのはサングラスのせいだけではないはずだ。目がふたつ鼻がひとつ口がひとつ……構成するパーツは全て同じなのだから印象に残らなくても致し方ないではないか。余裕があれば性別くらいは見分けるが、それも正確には「若い女」のみをかろうじて認識するのであって、それ以外はやはり十把一絡げの有象無象の群れにすぎない。いうなれば記号である。そもそもいま見渡せる範囲には残念ながら遺伝子がXXの者など皆無だ。阿含にとっては人間ですらない者たちの合間をぬって……否、近づけば彼らが自主的に道をあけてくれるので実際にはただ直進しているだけだが……通い慣れたコースを足がひとりでに辿り、目的地がみえてくる。 ヤツはすでにいなかった。 無言で近くの壁を蹴りつけると、阿含の周囲にあった半径1メートルほどのエアポケットが3メートルに成長した。いつものことなので気にもとめずに、次の候補地へと足を向ける。時間はあまりない。 ヤツが行くであろう第1候補地と第2候補地は幸いなことに隣接している。フロアに着くなり素早く視線を左右に走らせ、ヤツの姿を探した。入口で立ち止まったので背後から追突される。相手が口をひらくより先にワンモーションでふり返り襟をつかみ壁に押しつけて下目使いに睨みつければ、即座に快く納得して去っていった。記号に用はない。改めてフロア全体を見回すが、やはりヤツはいないようだ。騒がしく並んでいる連中を押しのけてカウンターに歩み寄り、第1候補地の担当者に声をかけた。自分もヤツも有名らしいから顔は覚えているはずだ。尋ねれば案の定、ヤツが数分前に訪れたことを知らされる。阿含は思わず舌打ちした。周囲の人間が息をのむ気配を感じるが、そんなことに構っている場合ではない。ここにきたということは次に行く場所の可能性はほぼ制限なく広がってしまう。とにかく足早にフロアをでた。こうなったらもう考えても無駄だ、勘で勝負するしかない。その手の動物的な直観には自信がある。これまでの勝率がそれを如実に物語っている。 己の内側からのお告げに従って辿り着いたのは、嫌というほどよく見知った場所だった。阿含はあまり足を運ぶことはないがヤツは日参している。可能なかぎり静かに忍びより、窓から内部を覗きこむ。ここのドアはひとつしかないから、もしいれば勝ったも同然なのだが、さすがにヤツもそれくらいはわかっているらしく、室内は無人である。そのまま周囲の探索へと移行する。建物の裏側にまわりこもうとした阿含の耳が、ほんの微かな物音を拾いあげた。それは本当に小さな……普段のかれであれば聞き逃していたような音だ。耳を澄ましてしばらくまっても同じ音は繰り返されない。薄い紙をめくる音だった。こんなところでひとり時間を潰すために、本でも読んでいるのだろう。 阿含の口の両端が釣り上がっていく。 このまま正面から取り押さえてもなんら問題ないわけだが、それも芸がないと思いなおし、阿含はいったんその場を離れた。建物の裏手には胸ほどの高さの石のフェンスが張り巡らされている。おそらくヤツはそこに背中を預けて座っているのではないだろうか。大きく迂回してフェンスの外側から近づいていく。 ヤツの形のいい後頭部は死角に隠れてみえないが、乾いた地面に投げだされた長い足の先は確認することができた。つま先立ちで慎重に足を進める。その姿を端からみればきっと、獲物に狙いを定める野生の肉食獣さながらに不穏なのだろう。筋肉質な両腕がしなやかに伸ばされ、ヤツの顔を覆う。 「だ〜れだ?」 「うわああああああっ!」 地を這うような囁きをかき消して、大げさな悲鳴があがった。べつに人違いではない。その過剰な反応に阿含のほうが驚いて動きをとめた。その一瞬の隙をついてヤツは逃亡を試みる。こうなるとフェンスが邪魔だ。ヤツは錯乱気味に両手を使って拘束を振りほどいた。 と、その瞬間。 堅いもの同士がぶつかる鈍い音が響いた。ヤツが大きく息を吸い、そのまま地面に倒れこむ。 「……雲水?」 ヤツは声もなく悶絶している。 「どしたの、おにいちゃん」 「で、でんき」 「は?」 「電気きた……ッ」 確かによくみると右手で左の肘を握りしめ、脂汗を浮かべている。今度は阿含が地面に転がった。 「ぎゃははははははは!」 「笑うな!」 雲ひとつない高い空は子供たちの声を浄化して余りあるほどのキャパシティを誇る。 やがて痛みと笑いの発作がおさまるとふたりして立ち上がり、フェンスを挟んで向かい合った。鏡のようだという感慨が一瞬だけ脳裏をかすめた。かすめただけですぐに消えた。一卵性の双子なのだから作りは完全に同じだが、やはり自分たちは悲しいほど似ていないと思う。 「よくここがわかったな」 「勘だよ。購買でパン買ったってきいたときは諦めかけたけどさ」 「おれの行動範囲なんてたかが知れてるってことか。部室に昼飯を食べにきたのは初めてだったんだが。……この時間に学校にいるんだから授業にもでたんだろ?」 「あー、まあな」 「このまま午後も出席して放課後の部活にも参加しろよ」 「……もう怒ってねぇの?」 ヤツは虚をつかれたような顔をして、すぐに苦笑した。とにかく笑ってくれたことに阿含は酷く安堵する。やはりヤツは他の連中とはまるで違う生き物だ。ヤツの周りの世界だけ色鮮やかにみえる。記号ではない。それは自分との血の繋がりがこれ以上ないほど濃いせいなのか、それとも単に一緒に過ごしてきた時間が多いせいなのか、いろいろ思いつくけれども、実のところ理由なんてどうでもよかった。 「もういいよ。それより飯にしよう、一応ふたりぶん買ってある」 「さすがオニイチャン、気が利くねぇ」 フェンスを跳びこえてヤツの左隣に座る。やはりこの位置が落ち着いた。向かい合うのは好きじゃない、いらないことまで考えてしまう。それならまだ背中を追うほうがいい。ヤツの姿勢のいい背中は嫌いじゃない。そういえばヤツはこの手のかかる不肖の弟の背中をどんなふうにみているのだろうか……そんならしくもない疑問が浮かぶ。いままで一度もきいたことがない。隣に目をやるが、きいてはいけないような気がして、結局なにも言葉にできなかった。ただヤツが選んだパンをひたすら口に運んだ。追われているのがわかっていて慌てていたのだろうか、普段ならまず買わないような甘いものまで混じっている。 しかし阿含は珍しく、ひとつも文句を垂れなかった。不満はない。 ◆タロットカードでシナリオ作成!レポート 過去 …… 15 "The Devil":悪魔 現在 …… Disks6 "Success":成功 山場 …… Disks4 "Power":パワー 未来 …… Cups4 "Luxury":贅沢 支援 …… 10 "Fortune":運命 敵対 …… Cups9 "Happiness":幸福 →悪魔のような性格の主人公は成功をおさめている。今回の勝負も運命に味方されたこともあってパワーで押し切り、贅沢を手に入れた。しかしその影では多くの幸福が犠牲になっていた。 阿含以外ありえない。いや、うちの雲水は腹黒いから、兄でもいけたかな? カードもっとよく切らないとダメですね。 タイトルを「追跡」から「Hide & Seek」に変更しました。(2005.03.13 追記) |
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