聖夜の迷い子たち12月23日は天皇誕生日とかいう祝日らしい。なんとも微妙な日に生まれたものである。あと二日遅ければ国民はより歓迎しただろうに。 ともあれ休日は喜ばしい。阿含は珍しく午前中に起きだして裸足のまま階下に降りた。袈裟をまとった父親が慌ただしく仕事の準備をしている。年末年始は坊主も忙しい。体力のない年寄りは真夏と真冬によく死ぬからだ。勤勉な兄はもちろん手伝っているのだろうと探してみたが、あの姿勢のいい少年の姿は見当たらなかった。ならば父親になど用はないのでさっさと洗面所に向かう。途中で台所を何気なく覗きこむと、見慣れた形のいい後頭部が揺れていた。 「あ、おはよう阿含」 「……なにしてんの、おまえ」 「お・は・よう!」 「オハヨウゴザイマス。でさあ……」 「お母さんが婦人会のクリスマスバザーで忙しくて、今年はケーキを店で買うっていうから」 雲水は小麦粉を計量してふるいにかけていたのであった。妙に手慣れているうえに昔ながらの割烹着が悲しいほど似合っている。たしかに小学生の頃からよく家事をしていたようだが、ラウンドケーキを焼けるほどの腕前だとは知らなかった。 「今日作っちゃっても大丈夫かな……明日までもつよね?」 「いや……なんつーの? ガキはガキらしく甘えるのが親孝行の場合もあるんじゃねぇ? 祭りってそういうときなんじゃねぇかなあ、なんて」 「おれたちもう中学生なんだから、今年からプレゼントもらえないかもしれないよ」 「マジ!?」 「いや知らないけど」 「……なんだよ、ビビらすな」 なにしろ両親は家業が寺でもクリスマスを祝うような平均的日本人である。 「てゆーか、葬式が入ってんじゃねえの」 「うちの家族が死んだわけじゃないし構わないんじゃない」 この辺りの不謹慎さは寺の息子ならではだと思う。感性とは摩耗するものだ。 「手伝う気がないなら邪魔だから遊びにいってきなよ」 「へーい」 つくづく家庭的で母親じみた兄である。 まだイヴですらないというのに街はお祭り気分で浮かれていた。過剰な電飾に安っぽい赤と緑のデコレーション、サラ金のティッシュ配りすらサンタクロースの格好をしている。せっかくの休日なのだから雲水と一緒に遊びたかった。そう思いながらひとりで歩いていると家族連れやアベックがすべて目障りになってくる。……しかしよく考えてみれば、聖夜というのは愛の告白にはうってつけなのではないだろうか? プレゼント商戦に染められたブティックのウィンドウからそんな陳腐といえば陳腐すぎる考えを導きだされる。 「悪くねえかも」 阿含は自分の兄に対する想いがどうも普通の兄弟愛ではないらしいと知っていたが、ではいわゆる恋愛感情なのかというと微妙に違うような気もしていた。まあそれはいい、とにかく自分たちが特別な関係であるのは確かだ。しかも片思いではない。ただ雲水は「それ」に気づいていないようだ。いまでも自分たちは充分すぎるほど仲が良いけれども、できるならもっと深めたい。雲水はたとえ眼中にない者でも好意を示されたとたん意識するようになり親近感をもってしまうタイプだ。もともと他人の長所をみつけるのが上手いうえ、味方には共感しやすい。こちらから押すべきだろう。先手必勝である。 そうと決まれば阿含の悪巧みに長けた脳みそがフル回転し始める。失敗は許されない。 「やっぱプレゼントだよな」 阿含にとってクリスマスや誕生日のプレゼントというものは、幼いこともあって年長者から一方的にもらうものだった。なので兄弟でプレゼントを交換したことはない。なにを贈れば喜ぶのだろうか。雲水は弟と違って他人からもらったものに文句をいうような性格ではないし、よほど下手なものを選ばない限り怒ったりはしないだろう。だからこそ難しかった。親に要求することも少ないので、なにが欲しいのかまるでわからない。そんなことを考えながらATMで残高を確認して、阿含は舌打ちした。 「やべえ……」 正月に与えられる子供の権利を期待して使いすぎた。先立つものがない。 「カツアゲでもすっか?」 べつに万引きでもオヤジ狩りでも自販機荒らしでもなんでもいいのだが。すると巡回中の天使が悪を未然に防ごうとでもしたのだろうか、道の真ん中に500円玉が落ちている。もちろん拾う。しかしこれではぜんぜん足りない。次の角を曲がると今度は2000円札が落ちていた。いまいち使いにくいせいでまだまだレアなアレである。日頃の行いが良いのかね、などと呟きつつ拾う。道の向こうでそれをみていた阿含と同じ年頃くらいの少年がすすっと近寄ってきて、胸の前の白い箱をさしだした。 「歳末助け合いにご協力お願いしまーす!」 「うぜえ」 世界のどこかで飢えている見知らぬ子供などより世界にひとりしかない双子の片割れのほうが大切に決まっている。しつこく追いかけてくるので阿含は適当にその辺の店に入った。いきなり耳元で派手に鐘を鳴らされて、思わず一歩あとずさる。 「おめでとうございます! あなたは当店1万人目のお客さまです!」 ふたりの女店員が満面の営業スマイルを浮かべている。 「記念品をどうぞ!」 「あー、どうも」 もらえるものはもらってみたが、そこは薬局だったようで、あけてみたら小さな救急セットだった。あまり嬉しくない。店員が住所と名前と電話番号を書類に記入するよう迫ってくるのを振り払って阿含は店から飛びだした。横から自転車が猛スピードで突っこんでくる。 「うおっ!」 反射的にかわすのは簡単だった。しかし自転車を操る若い男に避ける意志がないのをみて頭に血がのぼり、すれ違いざま相手の顎をめがけて渾身のラリアットを繰りだしてやる。見事にヒットして男は空中で一回転し、ガードレールにぶつかった自転車がけたたましい音を立てた。 「ぁんだ、テメェはぁ」 ついでに腹でも蹴ろうとしていたら、駆けよってきた見知らぬオヤジに馴れ馴れしく肩を叩かれた。 「よくやったぞ、キミ!」 「はあ?」 「ひったくりだよ、ほら、あのお婆さん」 棺桶に両足をつっこんでいるような老婆がよたよたと寄ってきて、阿含の両手をとった。皺だらけの感触に虫酸が走る。 「どうもありがとう、最近の若者はどうだってよくいわれるけど、優しい子もいるんだねぇ」 気持ちが悪い。 「えっと、サヨナラ」 阿含は余計な体面など取り繕ったりしないで、さっさと逃げだした。 「あっ、キミぃ!」 「まあ恥ずかしがり屋さんなのねぇ」 ……今日はなにか変だ、呪われている。 人目を避けるように細い裏路地に入ってしばらく走り、ようやく人心地つく。すると耳障りな音と共に水色のゴミバケツが吹っ飛んできた。 「今度はなんだよ!」 プラスチックのバケツを蹴り返してやれば、そこには座りこんだ若い女とそれを見下ろす二人のチンピラの姿があった。非常にわかりやすい光景である。阿含は無言で前進し、無言のまま二人を完膚無きまでに叩きのめした。動かなくなってもまだ殴り続ける阿含に、女が声をかけてくる。 「あの……もういいんじゃないかな……」 「あ゛ぁ?」 睨みつけるとすぐに口を閉じた。わりと好みのタイプだったが、そういう気分ではない。女の足がすりむけて血が滲みストッキングが破れている。阿含はその辺に落としたままだった先ほどの救急セットを蹴って女の足元に転がしてやり、倒れている男たちにツバを吐いて歩きだした。女が立ちあがり自分のトートバッグと救急セットを拾って阿含に駆けよってくる。そしてバッグから紙袋をだして阿含の手に押しつけた。 「あげる」 そのまま目を合わさないように走り去っていった。……なんだか溜息がでてくる。 「これはあれだ、わらしべ長者だっけ?」 濃い青の包みには黄色いリボンがかかっていた。大きさのわりには軽い。いちおう中身を確認する。 「……」 かなり気に入った。これを他のものと交換させられる前に帰ることにした。 翌日。 生クリームの塗り方が不格好だったが、雲水のケーキは上出来だった。アルコール度数の低いシャンメリーなど早々に飲みきって両親のワインを奪い取り、兄のグラスに絶え間なく注ぎ足していく。クリスマスで開放的な気分になり酒も入ればきっと奥手な雲水だってその気になるはずだ。たぶん。問題は自分が先に潰されてしまわないかである。金剛家は一族すべてがウワバミで、幼い頃から鍛えあげられているのだ。 「あんたたち今日はお風呂いいから、もう寝なさい」 唯一ほかの家から嫁いできた母親だけが素面のまま、呆れた様子で息子たちを二階に追いやった。 「おやすみなさぁい」 「あ゛〜」 ふわふわする足元を踏みしめながら階段をあがり、自室のドアをあける。去年まで兄と同じ部屋だったが中学になってからは別々の部屋が与えられていた。阿含は例の紙袋と寝間着がわりのくたびれたスウェットの上下を抱えて隣の部屋に突入する。 「うんす〜い」 「ん〜、なぁにぃ?」 雲水は着がえている途中だった。一糸まとわぬ上半身がほんのりと赤く染まっている。ずんずん近寄り、勢いあまったふりをして額を兄の胸にぶつけてみた。 「なんだ」 いい匂いがする。阿含は頬を雲水の鎖骨の辺りにすりつけながら青い包みを手渡した。 「これやる」 「え……あ、プレゼント? ごめん、おれ用意してない」 「おまえはケーキ焼いたじゃんか。あけろよ」 ピンクの指先が戸惑いがちに包装を解いていく。阿含なら乱暴に破ってしまうところだが、雲水は注意深くテープをはがして中身をとりだしてから包装紙を丁寧に畳んだ。こういうところが好きだなぁと思う。濃い原色の深緑、オレンジ、紺、黄色が姿をあらわした。透明のナイロン袋をさらにあけて中身を広げる。 「阿含、これ……って」 「ミッフィーの! エプロン! スリッパ! なべつかみのセットでぇす!」 「……」 「つけてみて、つけてみて」 なぜだか表情を失っている雲水を立たせ、強引にエプロンを首から下げて腰の後ろで紐を結び、スリッパを履かせ、なべつかみを両手に装着させた。胸の真ん中で口がばってんになった白いウサギが正面を向いて佇んでいる。おまけに上半身は脱いだままなので裸エプロン状態である。 「雲水、チョー可愛いぃ!」 「……可愛いっていわれても……」 「チョー似合う! おにいちゃんサイコー!」 我慢できなくなって思い切り抱きしめた。雲水は微動だにせず立ち尽くしている。 「うん……割烹着はどうかと自分でも思ってたんだ……ありがとう、阿含」 ぎこちなく微笑む雲水をみて、阿含もにぱっと顔を輝かせた。隣にすり寄って腰に腕をまわし、べったりともたれかかる。体重をかけて後ろに移動させ、ついにはベッドに腰かけさせた。酔って暑いくらいなので少しくらいこの格好でいても大丈夫だろう。間近でみると雲水の目がとろんとしている。阿含の鼓動はさっきから早くなる一方だ。 「あぁもう、大好き」 阿含の言葉に雲水は苦笑した。 「それはどうも」 なべつかみを手から外して腰の後ろの結び目をほどこうとしている。 「どうも、じゃないだろ。そっちはどうなんだよぉ」 「もちろん好きだよ」 「……おれとおまえの“好き”は、どっか違うと思わねえ?」 「そんなことないよ」 「ある」 「ないって」 埒があかない。阿含は両手で雲水の頬を挟みこみ、唇に唇を押しつける。歯が当たって硬い音が脳天に響いた。雲水が驚いた顔をしている。角度を深くして舌で奥をまさぐる。兄の口内は熱くて、とてつもなく気持ちがよかった。そのまま呼吸が苦しくなるまで味わっても雲水はされるがままで、抵抗する気配はない。やっと顔を離して息を荒くしながら目の前の瞳を覗きこむと、朧気に陶酔している。 「あごん……」 「もっかい、していい?」 「……ダメだよ。こういうことは女の子とするものだし」 阿含は一瞬、耳を疑った。すぐそこにある表情と発言が一致していない。 「なんで。ヤなのかよ」 「嫌じゃないけど……したくもないかな」 「だからなんで。ただの愛情表現ってゆうか、愛情確認じゃん。愛、あるんだろ?」 「べつに確認しなくても、よくわかってる」 「そう……だけどさぁ」 雲水は不思議そうに首を傾げる。 「不安なの?」 「もっと近づきたいんだ」 「おれもいつもそう思ってる。追いつきたい。ひとりにさせたくない。一緒にいたいよ」 まだエプロンを外そうと四苦八苦しているので、阿含は兄の背中に手を回して結び目を解いた。 静かに息を吐く。 「なんかもう、いいや。その言葉だけで」 そして雲水の返事を封じるように勢いよく立ちあがり、びしっと指さした。 「そのエプロン、ちゃんと使えよな!」 「もちろん、スリッパもなべつかみも使わせてもらう。ホントにありがとう」 嬉しそうにはにかんでいる兄をみて阿含の胸も暖かくなり、同時に少し痛んだ。 「そんじゃおれ部屋に戻るわ。おやすみ」 「ああ、おやすみ……メリー・クリスマス」 結局着がえられなかった寝間着を再び抱えなおして、阿含はドアをあけた。エプロンを外した兄は震えながら袖に手を通している。そういえばいつのまにか酔いが醒めてしまっている。阿含の眉がわずかに下がった。 ◆タロットカードでシナリオ作成!レポート 過去 …… Wands5 "Strife":争い 現在 …… 4 "The Emperor":皇帝(短期決戦・先制・激情・長引くと失敗する) 山場 …… Prince of Disks:沈着冷静・安定した感情・非情緒的 未来 …… 8 "Adjustment":調整(バランス・結婚・契約・公正な判断) 支援 …… 17 "The Ster":星(希望・芸術・洞察力・回復力・奇跡的な救い) 敵対 …… Disks10 "Wealth":富 →争いで先制した主人公は、奇跡的な救いで金銭的な問題を身も蓋もなく解決し、新たな契約を結んだような結ばないような。 クリスマスが近いしソレっぽい話を。 プレゼントって難しいですよね、一般論として。私個人はとても苦手です、あげるのも貰うのも。 岡田斗司夫が『人生の取説』で人を「王様」「軍人」「職人」「学者」の4タイプに分類してまして、ジャンケン関係になっていて面白いのですが、それぞれが喜ぶプレゼントってのが非常にわかりやすい。 王様は人に優しくされるのが嬉しいので、プレゼントの内容よりも気持ちを表してほしい。メールよりも電話で、電話よりも直接会って、みたいに。軍人は人より上位に立つのが嬉しいので、とにかく値段の高いもの。あるいは他人と差のつくもの。職人は自分の夢を理解してもらうのが嬉しいので、心の中で思い描いているシチュエーションにできるだけ近いことをしてもらいたい。学者はロマンよりも理屈が通るほうが気持ちいいので、とにかく実用的なもの。なにが欲しいか直接きいてくれると助かる。 金剛兄弟はどのタイプでしょうね……よくわからない……というか自分が「学者」なので私が書くキャラもみんな同じタイプになってしまうですよ。私なんて彼氏に炊飯器をプレゼントさせたことありますからね(嬉しかったぁ……お役立ち!)、でも似たようなことを阿雲でやったって誰も喜ばないでしょう。仕方ないので他の阿雲サイトさまを彷徨ってプレゼントネタを読んでみました。みんな面白い……でも余計なに書いたらいいのかわからんくなった……そんなわけでちょっと逃げ。雲水が阿含になにをプレゼントしようとするのかまったく想像できませんでした。 ●メルフォ or 拍手コメントへのお返事 >クリスマス小説読みました。 ありがとうございます(もしかして以前にもコメントいただけた方でしょうか)。この話はいつもよりたくさん拍手を押してもらったのでこういう話が人気あるのかな〜と思いました。心理描写よりもキャラが移動したり状況がどんどん変化していくのを中心に書くような……コメントに勇気をいただきましたので、これからも調子の乗ってこんな感じの話を作ろうと思います。 (2005.01.14 追記) |
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